「筑前今宿歴史かるた」から今宿の歴史を学ぶ 10

「筑前今宿歴史かるた」から今宿の歴史を学ぶ 10

「筑前今宿歴史かるた」から今宿の歴史を学ぶ 10

「筑前今宿歴史かるた」から今宿の歴史を学ぶ 10

■「筑前今宿歴史かるた」から今宿の歴史を学ぶ 10

『庚申塔(こうしんとう)』

 神社の境内や道端に「庚申神(塔)」とか「猿田彦大神」と刻まれた石塔を見かけることがあります。

 「猿田彦大神」は日本神話の天孫降臨の際、天照大神に遣わされた瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を道案内した国津神(土地の神)の名で、このことから旅の安全を守る神、道行く人を守る神として道の辻に建てられました。

 一方、「庚申塔」は「道教」に由来する庚申信仰に基づき建てられた石塔です。人の体内には三尸(さんし)という虫がいて、それが庚申の日の夜、寝ている間に天帝にその人間の悪事を報告に行くとされていることから、その日は眠らないで過ごす「庚申講(庚申待ち)」という風習ができました。

 そして60年に一度廻って来る庚申の年に集落の外れなどに「庚申塔」を建てました。一般的に「庚申塔」は庚申(かのえさる)の「申」から猿(特に三猿)を描いたものやまた仏教では庚申の本尊は青面金剛(しょうめんこんごう)像とされるため、青面金剛像を描いたものなどがあります。

 しかし、九州の「庚申塔」は像を刻むことは少なくほとんどが文字塔なのが特徴です。悪霊などを防ぐ意味で道の辻や集落の出入り口などに「猿田彦大神」などと共に置かれました。

 先述したように当初は道の辻、村落の出入り口などに置かれていた「庚申塔」ですが、明治時代には政府によりその撤去が進められました。また道路拡張工事などでも撤去、移転が進みました。今、残っている庚申塔の多くは、神社の境内や私有地に移転されたものです。しかし、開発の進んでいない地域に行くと今でも道端や村落の出入り口にその石塔を見かけることがあります。

 今宿地区では20を超える「庚申塔」や「猿田彦大神」が現在も残っています。その中でも特徴のある「庚申塔」をふたつほどご紹介いたします。

 横浜の旧道にある「庚申塔」は道路の一部を占領しているのでご存じの方も多いと思います。資料によると、ここは旧怡土郡と旧志摩郡の境界ポイントのため動かさずに置いているとのことです。

 上町天満宮境内に置かれている「庚申塔」は6角形の石柱でこうした形のものは非常に珍しいようです。(少なくとも糸島地方で確認されているのはここだけです)。以前は町の入り口に建ててあったものをここに移転した際、正面を樹木に面した方に向けて設置したため、正面から「庚申塔」の文字が見えないのが残念です。

 多くの庚申塔が撤去される中、今宿地区の石塔は地域で大事に守られてきました。

 一度、「庚申塔」、「猿田彦大神」の石塔を探して散策されるのもいいかと思います。

(田中)

参考文献 「糸島の庚申塔」筒井昭男

 

 
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■今宿タイムズ391号 平成27年(2015年)4月1日

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「筑前今宿歴史かるた」から今宿の歴史を学ぶ 10
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ご芳志の御礼